君の膵臓を食べたいのセリフや名言から学べることは?作者の伝えたいことについても

映画

映画「君の膵臓を食べたい」。

大ヒットして、そのタイトルのインパクトからどんなストーリなのかと興味を持った人も多かったのではないでしょうか?

タイトルもそうですが、結末もびっくりする展開で人生について考えさせられる映画となっています。

今回はこの映画のセリフや名言から学べるや作者の伝えたい事についてもご紹介します。




目次

君の膵臓を食べたいのセリフや名言から学べること





この映画で気になったセリフを振り返りながらご紹介していきます。

心の目で見る

肝心なことは目に見えない

これは映画の冒頭で教師になった僕が授業の中で取り上げた星の王子様の一文です。

「さよならをして悲しませるくらいなら仲良くならないほうがよかった。」と嘆く星の王子様にキツネが説いた言葉を紹介しています。

この一文はこの後に続く僕と桜良の関係性にもつながっていく言葉です。

私たちの目に映るものだけが真実とは限らない。穢れのない心の目でものごとを見る必要があるということを教えている言葉ですね。

人との関りを大事にする

他人に興味がないなんてもったいない。

図書館で「他人に興味がない」という僕に桜良に言った言葉です。

この映画でのキーワードになる「星の王子様」の本を読むように僕に手渡します。

この本は児童文学ですが、大人にとっても大事な事柄や教えがメッセージとして書かれている本です。

目に見えるものばかりに心を向けず、内面にも目を向け、見えない大事なことに気づくことが大事だと教えてくれます。

思考は現実になる

そう思っているからそうなるんだよ

病院で会った桜良に盲腸で休んでいたことを伝えた場面で、「僕が学校を休んでいることに気づいている人なんかいない。地味なクラスメイトのことなんか誰もわからない。」と話した僕に桜が言った言葉です。

桜良が僕が欠席していたことに気づいていたのですから、実際はそうではないのに。
どう思うかで心が軽くもなり重たくもなります。捉え方や考え方って大事だと感じたセリフです。

一日の価値は皆同じ

余命宣告を受けている桜良が、図書委員に立候補して図書室の仕事をすることに対して、

「残り少ない命をこんなことに使っていいの?」と僕が尋ねた時に桜良が答えたセリフです。

もしかしたら、明日突然君が先に死ぬかもしれないのに。私も君も一日の価値は一緒だよ!

1日の価値について考えさせられるセリフです。

余命宣告を受けた桜良のほうが確実に時間の価値は違うと思ってしまいますが、桜良が言うように、人の命の長さなんて誰もわからないのですから価値は同じと言えるのかもしれません。

桜良の最後がさらにその言葉の意味を証明してくれています。

命は時期はわからないが、終わる時が必ず来る。だから私たちは1日1日を大事に生きなければならないと桜良に教えられた気がしました。

一緒に泣くことが優しさではない

一番のつらいはずの当人が悲しい顔を見せないのに、他の誰かが代わりに泣いたりするのってお門違いだから。

福岡旅行に行く前に、駅の前での2人の会話のシーンで、「クラスメイトのこんな秘密を聞いたら普通動揺するし、引くでしょ。なのに君は全然平気な顔でいるじゃない?」と桜良に聞かれた時のセリフです。

人に同情して泣くことが、相手にとっての本当の優しさじゃないと思っている僕から出た言葉。

本当の優しさを持つ僕を選んだ桜良は人を見る目があると言えそうですね。

お門違いに僕のぶっきらぼうさを感じますが、それも桜良を思っての表現だったと思います。

残りの時間を普通に過ごしたかった桜良にとって僕は最高の仲良しくんだったのではないでしょうか?

本当のことを伝えない優しさ

言ったらきっと会うたび泣いちゃうもん。そんな時間お互い楽しくないでしょう。

学校の屋上で僕に「親友に病気のことは言わなくていいの?」と桜良に尋ねた時のセリフです。

自分のためにも親友の恭子のためにも、ぎりぎりまで隠しておきたいと話します。

親友・恭子の性格を知っている桜良の思いやりの気持ちが現れたセリフですね。
そして、人生最後の時間をこれまで通り楽しく過ごしていきたいという桜良の思いが伝わります。

映画のラストで僕にあてた桜良の手紙に「私は弱いから友達や家族を悲しみに巻き込んじゃう」という言葉があります。

親友・恭子を悲しみに巻き込みたくないという理由からの言わない選択だったのだと思います。

直接気持ちを伝えることの大切さ

私が本当は死ぬのがめちゃくちゃ怖いって言ったらどうする?

福岡旅行のホテルでの「真実か挑戦かゲーム」で桜が、僕に聞いたセリフです。

聞かれた僕は答えられず、挑戦に変更してしまいます。

このセリフは桜良の本当の気持ちだったのでしょう。強がりで弱音を見せられない桜良がゲームを通してしか聞くしかできなかったんだと思います。

もっと直接気持ちを伝え、弱いところを見せられる桜良だったらもっと楽に生きられたのではないかと思ってしまいます。

生きていることへの感謝

人に食べてもらうとね。魂がその人の中で生き続けるんだって。

福岡旅行の帰りに、「旅行に付き合ってくれたお礼に自分が死んだら私の膵臓を食べてもいいよ!」と僕に言います。

続けて、「私、生きたい。大切な人たちの中で。」と話します。

明るく気丈に振舞う桜良でしたが、生きたいという本当の気持ちを伝えた場面でした。

本当は生きたい。叶わないならせめて大切な人たちの心の中で魂として生き続けたいという、桜良のせつない気持ちが伝わります。

桜良は楽しい旅行を経験し、これからも生きて楽しいことをたくさん経験したいと思ったではないでしょうか?

死と向き合っている強い桜良の言葉です。

今は過去の自分の選択

君がしてきた選択と私がしてきた選択が私たちを会わせたの。私たちは自分の意志で出会ったんだよ。

委員長と揉めた後、桜良に戻った僕は、「偶然君と病院で会って流されているだけで、もっと誰か本気で君のことを思ってくれる人といたほうが。」と話します。それを聞いた桜良のセリフです。

桜良は他の誰でもなく僕でなければならなかったことを伝えたかったんだと思います。

桜良にとって僕がどんなに必要な存在であったかが分かりますね。

私たちの人生は選択の連続です。今の自分は過去の自分の選択の結果であるということを考えると、選択するという事の重要性を感じます。

桜良のセリフの意味とは少し異なるかもしれませんが、この場面から私たちはどういう未来にしたいかを考え選択することも大事だなと思いました。

伝えないことが誤解を生む

君がみんなと話さないからだよ。みんな君を良く知らないから。

クラスにウソの情報が流れ、僕がストーカーと噂されていることを病室にいる桜良に伝えた時に桜良が言ったセリフです。

うわさとは人に伝わるたびに誤解されて伝わってしまうことが多くあります。

自分で伝えれば、誤解を生じないこともあるし、本人がどんな人物かを知っていれば誤解そのものが嘘だと気づくことができると思います。

その後桜良は、「ちゃんと君のことを知ったらさ、みんな君をわかってくれるのに」と話しています。

桜良は僕に自分で伝えること、人との関りを持って、僕という人物を周りに知ってほしいという思いがあったんですね。

前向きに死を覚悟する

桜はね、散ったふりして咲き続けてるんだって。

夜に病室にいる桜良からかかってきた電話で桜良が僕に今から病院を抜け出して満開の桜を見に行こうと誘います。

今何月だと思っているのと僕に言われた桜は次のように続けます。

「散ったように見せかけて、実はすぐ次の芽をつけて眠っている、散ってなんかいないの。
みんなを驚かせるために隠れているだけ。」そして、暖かい季節になったらまた一気に花開くの。

入院が伸びた桜良が、自分に近づいてきている死についてその恐怖心をなくそうという気持ちが現れているセリフだと思います。

自分の死は、散ったようにみせかける桜のように、これからもみんなの中で咲き続けたいと願っている桜の気持ちを表現していますね。

人と心を通わせることが生きること

自分ひとりじゃ生きてるって分からない。

桜良の心の異変を感じた僕が、入院している病院に行き、真実か挑戦かのゲームをやります。

そこで、僕は「君にとって生きるってどういうこと」と尋ねた時の桜良の答えが

誰かと心を通わせることかな。誰かを認める、好きになる。嫌いになる。誰かと一緒にいて手をつなぐ、ハグをする。すれ違う。それが生きる。自分ひとりじゃ生きてるって分からない。

好きなのに嫌い。楽しいのにうっとうしい。そういうまどろっこしさが、人との関りが私が生きてるって証明だと思う。

だからこうして君といられてよかった。君がくれる日常が私にとっての日常なんだ。

クラスでも人気者だった桜良。人と関わることが大好きだった桜良なのでしょう。

残りの人生も、これまでと同様日常を過ごしたいという気持ちが伝わります。

その中で、病気の桜良を特別扱いしない僕と過ごすことが桜良にとって大事な時間だったと思います。

自分にとって生きることって何でしょうか?
人生は有限で必ず終わりがきます。自分の「生きる」について考えさせられた言葉でした。

自分はどうなりたいのか考える

僕は本当は君の膵臓を食べたい。

一時退院した桜と北海道旅行に行く待ち合わせの時に、僕が桜良に送ったメールの1文です。

僕は桜良に送るメールを長文で書いていましたが、結局、桜良に送ったのはこの言葉だけでした。

桜良に対して、強い憧れや友情、愛情など複雑な思いを持っていた僕だと思いますが、消したメールの中に、「白状すると、僕は君になりたい」という言葉がありました。

つまり、僕は桜良という人に憧れ、桜良のように人になりたいと思って送った言葉です。

長い文章で伝えるよりも、一言で伝えたほうが桜良に伝わると思ったのでしょう。

僕が自分の性格とは正反対の桜良に強い憧れを感じていたのが伝わりますね。

人生を大事に生きる

明日どうなるかなんて誰にも分らない

大人になった春樹が、桜良が亡くなったあとの感情を、図書委員の生徒に語った場面でのセリフ。

甘えていたんだ。残り僅かな余命を彼女は全うできるものだと思い込んでた。

バカだった。明日どうなるかなんて誰にも分らない。だから今、この一日を、この瞬間を大切にしなきゃいけないって、そう彼女に教わったのに。

桜良は思わぬ出来事で命を終わらせてしまいます。

普通に宣告された時間を過ごして亡くなるものだと思っていたのに、彼女の突然の死に僕は立ち直れず1か月過ごしました。

余命宣告をされていた彼女は日常を普通に、そして大事に生きようとしていました。

そんな桜良の姿を見ていた僕は、時間を大事に過ごすことの大切さを感じていたんだと思います。

私たちはいつ終わるかわからない人生のこの一日を、この瞬間を大事に生きなけらばならないと教えてくれるシーンでした。

君の膵臓を食べたいの作者が伝えたいこと

この作品の原作者の住野よるは、インタビューでこう答えています。

教室の隅っこにいる、あまり自分の意見を言わない子たちの話を書きたいと思っていた。
目立つ子達もあまり意見を言わない子達も、話してみれば好きにならないとしても認め合えたんじゃないかなと、願ってる部分があるんです。

この目立つ子が桜良、意見を言わない子が春樹で、個性はそれぞれだけど、話せばわかり合える存在であることを伝えています。

話をすることで心を通わせ、お互い向き合ってほしいという願いで作られた作品のようです。

傷ついたり、傷つけられたりする関係がなくなってほしいという思いも込められています。

桜良と春樹が時間を共に過ごし、相手のことを知っていくことでお互いにないものを持っていることに気づき憧れる存在に変化していく。

その過程を物語として作ることで、作者の伝えたかったことを表現していますね。

他にも、衝撃的な桜良の最後に、生きることについて考えさせられます。

また数々の桜良や春樹のセリフから、生きれることに感謝すること。一日の価値について考えること。一人では生きられない、人との関りを大事にすることなどを教えられた気がしました。

作者はこの映画がその考えるきっかけになればと願っているのではないでしょうか?

まとめ

映画「君の膵臓を食べたい」のセリフや名言から学べるや作者の伝えたい事についてもご紹介しました。

あくまで私が感じたことになりますが、みなさんがこの映画から感じたことは何だったでしょうか?

この映画から何かを感じ、自身の日々の生活で少しでも振り返ることができたらいいですね。

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